叫び

5年間、追い続けている作品がある。あった。以前から5年ぶりの新作の情報があり、今年満を持してアニメ放映がなされた作品だ。私がその作品に出会ったのは5年前、中学3年のとき。弟が見ていたのでつられるように見ていたらいつの間にか自分の方が長く居座ることになってしまった。何度か手放そうとしたが結局は戻って来てしまう。細々と二次創作などもしていて、そうこうしているうちに5年が経ってしまった。中学から高校、そして成人した今に至るまで、私の青春を作った作品だった。何度も考察を重ねた唯一の作品であり、特別思い入れが強い。私はその作品の特にアニメ版のストーリー構成、キャラクターの小さな表情や性格がよく表れた作画、男児向けアニメらしい熱血展開、確かな演技力のあるキャスティング、中毒性のある曲調と魂を震わせる歌詞が魅力的な主題歌など、作画ミスや5年という決して短くはない時間の中で少しずつ変化した作風など穴もあるがそれも人間の作るものらしいと愛せるくらい評価していた。シリーズ構成の脚本家とお気に入りの話が同じで嬉しく思ったのはよく覚えている。私の苦手な女性のファンも多かったが、弟とその友達がその作品を好きだということの方が文字通り“リアル”だったのであまり気にならなかった。同級生には解釈の合う友人もおり、学生時代はとても楽しくその作品を応援していた。

しかし、学生を辞めてからはTwitterのアカウントも何度か作ったが他の女性ファンとの解釈違いや自分自身の二次創作物と自分の中にあるキャラ解釈が乖離していく恐怖が募りアカウントは決まって短期間で削除してしまっていた。小学生の頃に好きだった作品を中学生や高校生になっても好きでいられるはずはなく、次第に弟達も作品から離れ、その作品の話を出来る環境が無くなっていった。それでもふとしたときその作品への熱がやって来ては1人で熱く語ったりイラストや短い小説を創作したり、作品から完全に離れることはなかった。子供向けアニメというジャンルにずっと居座っているので、スタッフやキャストなどの被りが多かったのも私と作品を結びつけてくれていたのかもしれない。

そして、今年の春である。新作のアニメを視聴した私は愕然とした。これまでのシリーズに確かにあったはずの細かな作画描写や少なくはないキャラクターをしっかりと描き切るストーリー構成、バランスの良い恋愛描写やギャグ、全てがこれまでとは全く違う。それらが無くなってしまったのだ。更に過去作から引き継がれたキャラクターは性格が変わってしまっている上に対戦では新キャラの主人公チームには当然負けるので噛ませ状態、負け方も腑に落ちないものばかり。「孤高の反逆児」の通り名を持つキャラクターがすっかり仲間と仲良しこよしをしているのを見たときなどは二次創作を見ているのかと我が目を疑った。新キャラもきちんと描写されず、キャラが被っていて判別が出来ない状態のキャラクターもいた。加えて全キャラクターに共通して言えるのが、“言わされている感”。性格が変わってしまった過去作からのキャラクターも印象の薄い新キャラもストーリーを進める為に本心ではない事を言わされているようでもやもやするのだ。主人公の決め台詞でさえまるで説得力が無い。印象が薄いので当たり前である。結果的に2クールで終了したこの新作は尺が足りな過ぎてその辺のキャラクター描写を全てカットしているのだろう。シリーズ第1作のラスボスチームがそれまでの努力の描写も無く僅か10分という放送時間で主人公チームに敗れたときは頭が痛くなった。シリーズ初期から身内の死や家庭崩壊や歪んだ師弟関係など重い描写はあったが、新作ではそういった重くて過激な描写(暴力、悪口、毒親など)が陰湿でかなり不快指数が高いのも問題であろう。息をするように「デブ」という人を傷つける単語をまるでその人の単純な特徴であるかのように言ったり“戦術”と称して試合相手を侮辱するスポーツマンシップに反する描写があったり、前作までは不良も任侠のある男らしい描写をされていたのに新作では路地裏でメインキャラをボコボコにして嘲笑する不良の描写があったりと、兎に角不愉快だ。今作は「ちょっと大人な」をコンセプトにしているそうだがそんな描写を「ちょっと大人な」だと思っているのなら夕方6時から全年齢向けに放送して欲しくない。少年漫画雑誌に連載しているなら何故小学生も見ていると想定した上で作品を作ることが出来ないのか。

このように新作の出来は決して良いとは言えない。シリーズ構成が私が憧れた脚本家ではなくなった時点で見限るべきだったと思わせる程にストーリーが酷い。一新されたキャラクターデザインも“改良”とは言えないし、前述した通り細かな作画が雑で見るに耐えない。アンチコメントへの擁護が出来ないどころかアンチの方が正しい事を言っているようにさえ感じる。更に私が腹立たしいのは、シリーズ初期から多くのファンやファンでないオタク達の間で疎まれていた女性ファンを遂に公式側が受け入れたせいで女性ファンが大きな顔をし出したこと、SNSという不安定かつ限定的な媒体で作品の大筋に関わるような投票やファンアートの募集をすること、何より作品がそうしたファンやスタッフの自己顕示欲と承認欲求のダシにされていることだ。私は例え女性ファンが多くともあくまで男児向けコンテンツとして製作されていたこの作品を応援していたのに、イベントを開けば黄色い歓声が湧き上がることにも目を瞑っていたのに、こんなに女性向けにシフトされたのではどんなにこれまでのシリーズ作品が素晴らしくても近所の小学生にだって教えたくないくらいファンを含めたコンテンツ自体のレベルが落ちぶれてしまったと言わざるを得ない。ずっと私が目を逸らしていたものを、作品だって目を逸らしているものだと思っていたのに裏切られた気分だ。もう目は逸らせないのである。公式が視線を向けてしまったのだから。

そんなファンのコスプレやファンアートを通した自己顕示欲と承認欲求にほとほと嫌気が差す。オタク活動の裏にあるのはそうした自己中心的な欲求だけだ。作品へのリスペクトがまるで感じられない。私自身そんな時期があったので過去の自分への嫌悪も含んでいるかもしれない。そうした承認欲求の強い若い世代ばかりいるというのはファン民度の低さにも繋がる。何度もアカウントを取って見てきたがこの作品のファン民度は決して高いとは言えない。シリーズ第1作目から10年が経った今でも、である。SNSを利用しているのはどんな年齢層かというのも含めて考えれば妥当な結果であろう。私はSNSを利用するのに向いていないのだ。好きな思いを自分の承認欲求をのせて共有するのではなく、一人で突き詰めていく。誰にも邪魔されない、完全な自己満足の世界だ。それこそがオタクの真の姿ではないのか? ……ともあれ、私がこの作品——イナズマイレブンを手放すのもこれで最後だろう。これ以上私が大好きだった作品が壊れていくのを見たくはない。何者でもない製作者とファンによって、だ。創作の根多を一つ失うが、この作品の二次創作はこれ以上したくないし見たくない。創作をする上で必要なのは愛と知識量だ。これからは知識量を増やす努力をしていきたい。

この頃、オタクそのものの辞めどきかもしれない、とも考えるようになった。成人したばかりだが時の流れと人間の限界を感じる。