変わらないようで変わっていること

6時に目覚めて1日の始まりにやったことがソシャゲだった。午前中は勉強をしたけど今日の分はすぐに終わり、明日の分は明日にやることにして少し読書をした後、Twitterのいいね欄を遡りつつ整理したら半分に減った。やること、というかやりたいことが無かったのでソシャゲで夕飯まで時間を潰す。そういえば文アルを少しやった後に読書をしようと思っていたのにすっかり忘れて、だらだらしているうちに夕飯の時間になってしまった。とは言え僕はいつも16〜17時の間に空腹になり早めに夕飯を食べてしまう。今日も例に漏れず、17時に夕飯を済ませてしまった。薄切りにした豚のロース肉(本来はしゃぶしゃぶ用らしい)をレンジで温めたものと白米。豚肉にはポン酢が良く合う。貧乏臭いが僕はこの食べ方が大好きなので心が豊かになれる。庶民の特権だろう。分相応とも言うが。

最近Twitterの使い方が少し変わり、自分のことを発信するより情報集めがメインになってきた。RTと自分のツイートがごちゃ混ぜになってプロフィール欄が見辛いのが気に入らないのでこちら(ブログ)の方に自分のことを書くことにする。どうせ以前からツイートも長文で見辛かったしいい機会だろう。

Twitterの使い方もそうだが成人してからこれまでの生活からはおよそ考えられない程の変化が見られるようになったのを自覚している。摂食障害も大分寛解して付き合い方が上手くなったし、洋服の好みもフリフリネオロリータからスマートなカジュアル風に変わったし、考え方も自分以外の世界ばかり気にかけた死へ向かうものから自分を軸にして生きる方向へ変わりつつあるし、映画や読書などの作品もグチャドロ鬱々エンドよりほんわかコメディ短編集のようなものの方が好きになった。何より今、ひとりで家にいるより何か地元でも行ける場所は無いか、できることは無いか、と探し始めたことは大きな変化だ。北東北の田舎なので中々インターネットでは情報が見つからず苦戦しているが、雑誌や僕の小さなコネクションなどをフル活用して、近いうちにお金を貯めて県内をひとりで回ってみたいものだ。