ヒーローは本当に「正義の味方」なのか?

※元々分割ツイートするつもりだったものが長くなったので記事として残します。これまでのブログ記事とは違いツイートのときの口調になっています。

 

フォロワーさんがアンパンマン「正義の味方」と称して呟いているのを見て、そういえば中学生の頃に正義について論じるやなせたかしの著書を読書感想文にして市で最優秀賞取ったな〜とか、美術予備校の課題で「仮面」をテーマに小論文を書けって言われて仮面ライダーのこと書いたな〜とか考えてたんだけど、僕は「ヒーローは果たして正義の味方か?」という問いは中学生の頃から考えていて、例えばアンパンマンは主題歌で「愛と勇気だけが友達」と歌われているけど、これはその通りでアンパンマンの中には愛と勇気しかなくて、そもそもジャムおじさんアンパンマンを勇気の花のエキスを原料に使って作っているし、作者であるやなせたかしにとっての正義は“自己犠牲(著書より)”だからアンパンマンは“正義の味方”ではなく“自己犠牲”という“正義そのもの”なんだよな。

他の例だと、仮面ライダーは敵対する組織と同じ要素やアイテムを本人が持ちその力で戦う物語で、彼らは何故戦うかというと正義の為ではなく自分の為に戦っていて、オーズなんかは世界中の人間みんなを笑顔にしたいという大きすぎるエゴで戦っていたりする。住んでいる街や親しい人や学校を守りたいという世界よりずっと小さくて身近なものを守りたくて戦っているライダーもいるし、ただ自分が生きる為というそれだけの為に戦っているライダーもいるし、ダークヒーローという言葉もあるくらいだからヒーローが必ずしも正義の味方ではないし正義の為に戦っているわけでもないんだよね。もっとグロテスクで複雑な感情を持っていて、彼らは泣き叫びながら戦っているんだと思う。このへんは涙の跡を刻んだデザインのマスクっていうところにも関係してくると思うけど。敵の方が純粋で単純な感情や本能で戦っているときもあるくらいだし。

 

今はとりあえず思いつく例を挙げただけだから、この文章で僕はアンパンマンとか平成仮面ライダーからしか考察できてないけど、ウルトラシリーズとか昭和ライダーとかスーパー戦隊メタルヒーローもたくさん見ると一体何が正義で何が悪かとか、どうすればなるべく少ない犠牲で多くの人を幸せにできるのかとか、善悪二元論や勧善懲悪みたいな単純な話では考えられなくなるよな。それを考察するのが楽しいから僕はヒーローが題材の作品を見るんだけど。